物忘れの休日 |
「ちょっと、アンジェリークどうしたの!?」 突然怒鳴り込んできたロザリアに、アンジェリークはキョトンとなってそれを見つめ返した。 「あら、どうしたの?ロザリア、こんな朝早くから」 とぼけたアンジェリークの言葉に、ロザリアは思わず頭を抱えた。 「あんたねえ……なんて格好してるのよ」 いわれてはたと己の姿を確認してみれば、アンジェリークは寝間着姿のまま床の上に座りこみ、周りには肌がけやらぬいぐるみやらがめちゃくちゃに散乱していた。 「もの凄い音がしたから何事かと思ったのよ。あなた、さては寝ぼけてベッドから転げ落ちたのではなくて?」 ふう、とため息をつくロザリアに、アンジェリークはポン、と景気良く手を打った。 「どうやらそうみたいね!」 「みたいね!じゃないわよ。朝っぱらから騒がせないでちょうだい。どうせだから、もう起きたら?いくら休日でも、少々たるんでいてよ」 ごめんなさい、とテレ笑いをするアンジェリークに一喝を入れると、ロザリアはさっさと部屋から出ていった。 なんだかんだ言って、世話を焼いてくれるライバルなのだ。アンジェリークは、ひとりでにこにこしながら陽気に立ち上がった。 「さて、今日は!……何をするんだったかしら」 はたと考えこむ。何か大事な用事があったような気がする。が、思い出せない。 「頭でも打ったかしら?」 寝起きにすっころんだらしいアンジェリークは、どうやら今日の予定をすっかり忘れてしまったようだ。 「あらあら?困ったわ。ほんとに思い出せない。どうしよう」 普段から物忘れの多いアンジェリークは、机の上に出したままのあんちょこノートをめくってみる。 大丈夫。誰かと約束がある訳じゃないみたい。 今日のお約束メモがないのに、胸をなで下ろすアンジェリーク。という事は、個人的に何かやりたいことがあったという事だろうか。 「まあいいわ」 思い出せないのだから仕方がない。今日はお天気も良いから、外でも散歩して。そうすればそのうち思い出すかもしれないし。 お気楽にそんな事を考えながら、アンジェリークはいつものようにうきうきと着替えを済ませ、元気良く外に飛び出した。 何気なく湖のほとりなどをぶらついてみるアンジェリーク。 「でも、本当に何だったかしら?」 やはり、忘れたことがちょっと気になる。 しかし、なにげに視線を走らせたアンジェリークの思考は、ものの見事に吹っ飛んだ。 「わあ、きれい!」 見れば、水辺には白い小さな花が、所せましと咲き乱れている。 「摘んでいって、お部屋に飾ろうかしら?」 しかし。 こんなに美しく咲いている花を摘んでしまうのは、ちょっと気が引けてしまう。 「たしか、まだ使っていない鉢があったはずだわ。それに移した方がいいわよね」 思い立ち、それをすぐに実行する。なかなか可愛らしい鉢にその花を移植すると、アンジェリークは満足げに微笑んだ。 「けど、これからどうしようかしら?」 戻ってきた部屋の中で、我に返る。今日一日ぶらぶらしているのも何だかもったいない。 「しばらく御無沙汰してたし……お菓子でも作ってみようかしら」 何気ない思いつきだったが、いい考えだと台所に立つアンジェリーク。よく見れば、なかなかに材料は揃っている。 日頃の行いがいいのね、などと脈絡のないことを考えながらいそいそとエプロンを着ける。 「クッキーなら簡単にできるわよね!」 などと簡単に考え作業に入ったアンジェリークだったが。 「……」 何をどうリキんだのか、出来上がったそれは、とてもクッキーとは言えない代物になっていた。 果物たっぷりのスポンジにホワイトクリームのデコレーション。中にはストロベリームースも仕込んであったりして、クッキーになるはずのそれは、相当豪華なお菓子に変身していたのだ。 「私ったら、こんなの作っちゃって、また太るつもりかしら……」 自問自答してみるが。なんとなく、作りたい気分だったのだから仕方がない。 アンジェリークは何を思ったのか、そのケーキらしきものをきれいなままバスケットに詰め込み、朝移植したばかりの鉢植えを持ってふらふらと外に出た。 「もうお昼もまわっているけど……」 何気なく庭園に足を向けてしまうアンジェリーク。庭園の芝生にでもそんな物を広げてお茶でもしようと考えているのかは本人にも謎のままだったが。 「アンジェリーク?」 庭園を歩いていて不意にかけられた声に振り向くと、そこには水色の美しい髪を揺らすリュミエールが立っていた。 「リュミエール様!」 アンジェリークの顔がぱっと輝く。普段から心を許している優しい人に、アンジェリークは小犬のように駆け寄った。 そして、手に持っているバスケットと花の鉢植えを、ずいっと彼に差し出す。 「お誕生日、おめでとうございます!」 「え……?」 いきなりの言葉に驚きの表情を隠せないリュミエール。 一方のアンジェリークは、さらりと出てしまった自分の言葉に固まった笑顔のまま仰天していた。 お誕生日!?リュミエール様の!? 「憶えていて下さったのですか?」 嬉しそうににっこりと微笑むリュミエールに、アンジェリークは今朝の忘れ物をすっかり全部思い出した。 今日はリュミエール様のお誕生日じゃない!そうよ!私、今日は贈り物を用意して、ケーキを焼いて、リュミエール様をびっくりさせようとしていたんだわ! 転んだ拍子に忘れていたことを、リュミエール本人の顔を見てすべて思い出した。転ぶなんてアクシデントでもなければ絶対に忘れるはずのない大切な事だったから、あんちょこに書き残してなかったのがあだになってしまったのだ。 けれど、今日のアンジェリークの行動は、結果的にリュミエールの誕生日を祝うのに都合の良いものになっていた。 ――私ったら、こんな大事なことをすっかりと忘れていて、でも体は覚えているなんてすごいわ! 幾分勘違いな事を考えながら、アンジェリークは照れ隠しのように明るく微笑んだ。 「リュミエール様をびっくりさせようと思って。これ、受け取って下さい!」 すっかり今日のことを忘れていたことなどおくびにも出さずに、アンジェリークは(結果的に)リュミエールのために焼いたケーキの入ったバスケットを見せた。 「これを私に……?」 バスケットの中の手作りのケーキと鉢植えに、嬉しそうに微笑むリュミエール。 記憶の神様、本当にありがとう……!! そんなものがいるのかどうかは甚だ疑問だが、アンジェリークは心の中で両手を組み合わせた。 「今日は他の皆さんがお祝いしてくれるというので、あなたもよろしければと思ってお探ししていたのですよ……ですが、それよりも前にこれをいただきましょうか」 嬉しそうにアンジェリークの背中に手を回し促すリュミエールに、アンジェリークも微笑み返した。 「執務室においしいお茶があるのですよ。参りましょう」 「はい!」 今日は楽しいパーティになるのね。でもその前にこんな風にお祝いする事ができるなんて! 思わぬ事に喜びを隠せないアンジェリークが無邪気に自分の腕に絡み付いてくるのを、真相を知らないリュミエールは微笑み、優しく見つめた。 もっとも、真相などばれたところで結果オーライ、この二人にはどこ吹く風なのだろうけれど――。 オマケ☆ ――ここはパーティ会場という名のオリヴィエの執務室。 何のことはない、一番まめに動くオリヴィエが、準備しやすいように会場を勝手に指定しただけの話だったりする。 「ほらほらリュミちゃん、遠慮せずにどんどん食べなさいよぉ!誰のお祝いだと思ってるのさ!?」 うぐ……ッ!! オリヴィエの言葉に、微かにリュミエールの顔色が青ざめる。 無理もない。 パーティの前に、リュミエールとアンジェリークはすでに食べているのだ。ケーキを。二人で。 「わ、私はもう……」 「私も……」 リュミエールとアンジェリーク、ふたり揃っての言葉に首を傾げる一同。 言えやしない。 この盛り上がる祝いの席で「すでに女王候補ときっちり抜け駆け済み」なんて。 そんな事を口にしようものなら、しばかれるのはリュミエールだ。 二人はただにこにこと気味の悪い笑顔でひたすらごまかしていた。 そこに、ロザリアが不意のトドメを刺しに来る。 「そういえばアンジェリーク、あなた、さっきケーキを焼いていたのではなくて?あれはどうしたの?」 ロザリアの言葉に、一同の目がサァッとすわる。 リュミエールは、食べ過ぎと緊張で己の胃がせり上がってくるのを、張り付いたような笑顔のままで感じ取っていた。 「……もしかして……?」 ――リュミエールの運命や如何に!?以下次号!!←激ウソ。 END ☆皐月様主催のリュミエール様お誕生日企画「蒼海」に |