プレゼントには リボンをかけて バレンタイン☆ショック!―オスカーの場合 |
リュミエールは、ひたすらにため息をついていた。 もう本日何度目になるか、分からない。 原因は、赤い髪の女タラシであった。 今日、女王の呼び出しで、守護聖全員が謁見の間に集まった。何の用かと思えば、下界で言うところのバレンタインという行事にちなんで、女王自身と補佐官が皆にチョコレートを振舞うというのだ。 聖地の女王の在り方もずいぶんフレンドリーになったものだ、と思った。リュミエール自身は、それを好ましく思っていたし、今回の提案は、素直に喜ばしいものだと思った。何せ、本来ならば近寄り難い存在とされる、あの美しい女王と補佐官が、その手による菓子を皆に配るというのだ。リュミエールも、楽しみであるという点において例外ではなかった。 問題はその後で、守護聖の中でも年少の、マルセルの一言が守護聖全員に飛び火してしまった事がそもそもの発端だった。 その一言とは『リュミエール様のお作りになったチョコっていうのも、食べてみたいな』というものである。 マルセルの発言を受けて、まずオリヴィエが騒ぎ出した。それにランディが乗り、ルヴァが賛同し、結局リュミエールの手作りチョコを、全員が期待するに至ってしまった。 これには一瞬頭を抱えたリュミエールであったが、まあ、それも、考えてみれば悪くはない。普段から、リュミエールは自身の主催する茶会の席では大抵何がしかの手作りの菓子を振舞っている。 そう、それは大した問題ではない。 大問題は、その後にあった。 女王との謁見の後、その場を辞したリュミエールを、当然のように待ち構え、捕まえた人物がいた。 オスカーだ。 「もちろん、俺にもチョコはくれるんだよな?期待してるぜ」 オスカーは、満面の笑顔で言う。 「もちろん、皆さんにさし上げますよ」 何気なくかわすリュミエール。 「おいおい、淋しい事を言うなよ。俺はお前の、特別に愛情のこもったチョコレートを期待してるんだぜ」 「あなたは、何もしなくても聖地中の女性から、愛情たっぷりのチョコレートをいただけるんじゃないですか?なんなら、バレンタインの事を全ての女性に教えてさし上げても良いのですよ」 つい、意地の悪い事を言ってしまう。 オスカーは、そんなリュミエールの頭をわしわしとなでつける。 「そう言うな。誰からどんな物をもらっても、お前から貰えなきゃ何の意味もないのはわかってるだろう?」 両手でリュミエールの頭を押さえたまま、んーっ、と頭部に口接けるオスカー。 リュミエールはため息をついた。 なんだかんだ言って、弱いのだ。 「……わかりました。どんな物がよろしいんですか?」 諦めたように、リュミエールは言う。 「そりゃあ、おまえ自身……ぐはッ」 間髪入れずにオスカーの鳩尾に鉄拳が炸裂する。 「じ、冗談だっつーの……」 「それで?」 容赦ない。 「愛情の、う〜んとこもったやつ」 子供か、あんたは。 「他に言いようはないんですか?もっと具体的に……」 「とにかく、特別な奴がいい」 リュミエールは頭を抱える。 まあ、仕方ないといえば、仕方がない。元々、甘いものにはあまり興味のない人だ。ここでいきなり「生クリームたっぷりのトリュフにココアパウダーを振りかけて、アラザンとナッツも付けて欲しい」などと言われたら、かえってその方が気味が悪い。 「……考えます」 それだけ言って、リュミエールは早々にオスカーを引き剥がした。 しかし、一体どうしろというのか。 「さすがに……きついですねえ」 リュミエールは、キッチンの調理台に所狭しと並べられたチョコレートに視線を落とす。 これはジュリアス様、こっちはクラヴィス様……。 律義に指差し確認。 そこにあるチョコレート達は、人数分、すべて違う味と形の物だった。 「まったくオスカーときたら、あなたにだけ違うものなどさし上げたら、皆が変に思うでしょう……」 オスカーの『特別』の目くらましのために、リュミエールは全員分のチョコレートを、違う形にしたのだ。これならば、オスカーの物だけ目立ったりしないはず。 ここで『全員に同じ物を作って、オスカーの物だけは愛情たっぷり入り』と、だまくらかすとか、『オスカーにだけは陰でこっそり渡す』といった方向に行かないところがリュミエールだ。 それでもやはり、他の者の分をすべて仕上げてしまってから、オスカーの分に取り掛かった。途中の行程まで一緒にやってしまえば、手間も半減するはずなのだが。 「愛情……どうやって入れれば良いのでしょう……」 大真面目に悩むリュミエール。 愛情込めて、なんてイザ言われてみても、物理的にはどうすれば良いのか、さっぱりわからない。 (そもそもこんな事をマジに考える人間は、そうそういない) その後キッチン内には、散々迷ったあげく「愛情」「愛情」などとボウルに向かって何度もささやきながら、中のチョコをかき回すリュミエールの姿があった。 「はぁ〜いッ、リュミちゃん♪」 オリヴィエがひょっこりと顔を出す。 「……て、あれれ」 キッチンを覗いて目を丸くする。 どんな具合に出来ているかと、オリヴィエはわざわざ覗きに来たのだ。 しかし、そこにいたリュミエールは、背もたれのついた椅子に腰掛けたまま、静かな寝息を立てていた。 ついついその顔を眺めてしまうオリヴィエ。 「ま〜、随分頑張ったんだねえ。いいこ、いいこ」 その頭を軽く撫で付けて、ふとテーブルに目を向ける。 そこには、色とりどりに個別に包装されたチョコレートであろう物がきちんと並べられていた。ご丁寧に、それぞれの宛名を書いたカードまで添えられている。 「1、2……あれ、ひとつ足りないねえ」 オスカーの分である。 彼の分だけはまだ仕上がらないままに、リュミエールは寝入ってしまったらしい。 オリヴィエは優しく、しかしちょっと意地悪そうな表情も浮かべつつ微笑んだ。 「もう夕暮れだよ?仕方ないね。チョコは皆に届けてあげるよ。仕上がっている分だけは……ね」 自分の分はしっかり懐にしまいつつ、オリヴィエはそっとリュミエールの額に口接けた。 リュミエールがはっとして顔を上げた時には、あたりはもう夕闇に包まれて藍色に沈みかけていた。 「いけない……!」 はたと立ち上がったリュミエールは、一枚のメモ紙を目に留めた。 『ここにあるチョコは、ちゃんと届けるからね☆』 一目で、オリヴィエの物だと分かる。 「オリヴィエ……ありがとうございます」 はんなりと微笑んだ後、慌ててリュミエールはオスカーの分のチョコレートの事を思い出した。 しまった。 早くきちんと形を整えて、オスカーに渡しに行かなければ。 「あとで、どんな制裁が待っているか……」 物騒な事を呟きつつ、あたりを見回す。 ……ない……。 ない。 「ど、どうしましょう、一体どこに……」 別にチョコレートがなくなってしまった訳ではない。 そのチョコレートにかけるはずの、リボンがなくなっているのだ。 「そんな……あれがなければ……」 思わず、その顔色は蒼白になってしまう。 たかがリボンと思うなかれ。 リュミエールは、全身全霊をかけて(笑)、渾身込めて(爆笑)、持てるセンスをすべて使って(激甘)、たったひとつのリボンを選んだのだ。 オスカーに似合う色と形を。 オスカーが、ひとめで気に入るようにと。 これで、彼は結構真剣だったのだ。 「どうしましょう、せっかく……」 今にも泣き出しそうな表情になるリュミエール。 あれがなければ。 もしかして、オリヴィエが何かの手違いで他のチョコレートと一緒に持って行ってしまったのかもしれない。 しかし、それを確認している暇は、もうない。 仕方なく、リュミエールはチョコレートの箱をせめて綺麗な包装紙で包んで、大急ぎで私邸を飛び出した。 私邸から馬鹿正直に走っていたリュミエールは、道中見慣れた人影を見つけて立ち止まった。 「オスカー!?」 その声を聞きつけた人物が、即座に歩み寄ってくる。 間違いなく、それはオスカーだった。 「リュミエール!」 はあはあと息を切らすリュミエールの両肩を押さえるオスカー。 「心配したんだぜ、いつまで経っても姿を現さないから」 余裕そうに笑ってはいるが、内心は心臓ばくばくだった。 リュミエールが欲しい、などと言ったせいで怒ってしまったのではないか、とか、それならまだしも、チョコレートなんぞを作っていて、うっかり火傷でもしたんじゃないか、とか。 妄想爆進で、心は何度も対岸に行きかけた。もしも傍に他人がいたら、口から出かかった魂が目撃できたかもしれない。 「申し訳ありません、遅くなってしまって……。ですが、ここに……」 そんなリュミエールの姿を見て、オスカーは何とも人の悪そうな微笑みを見せた。 「リュミエール……なんだ、そうか。お前もやっと分かってくれたんだな」 「……え?」 「嬉しいよ、なんだかんだ言って、お前はちゃんと俺のリクエストを聞いてくれたんだな」 「……え!?」 目が皿のリュミエールにかまう事なく、オスカーは彼を強引に抱き寄せた。 「ちょっと、オスカー!?」 訳が分からず、戸惑うリュミエールを更に強く抱きしめるオスカー。 「何をするのですかぁッ!!」 ぐいぐい。 思い切りオスカーの赤い髪を両手で引っ張る。 「いたたた……ッ」 オスカーは、それでもそっとリュミエールの首許に手を掛けた。 「だって、お前がプレゼントなんだろう?」 「はあぁ!?」 手を掛けたそこで、何かを弄ぶようにしているのを、リュミエールはふと見つめる。 そこには、真紅のリボンが結ばれていた。 ご丁寧に、蝶々の形で。 「…………!!」 それは、リュミエールが失くしたと思っていた、オスカーのチョコレートのためのリボンだった。 何故これがこんなところに……! もちろん犯人はオリヴィエだったりするのだが、リュミエールはそこまで思い至らない。 「今更、照れるなリュミエール」 「ちがいます!!これは……!!」 ぱき。 「……!!」 何やら乾いた音が、リュミエールの懐から響いた。 「あ……あ」 「リュミエール?」 震える手で、そっとそこから小さな箱を取り出すリュミエール。その様子に、さすがのオスカーも少々大人しくなり、様子をうかがった。 取り出したそれ――オスカーのために用意したチョコレートの箱は見事に破損し、中身もどうやら無事ではないようだった。 呆然とそれを見つめるリュミエール。 その瞳から透明なものが盛り上がり、見る見るうちに頬を流れ落ちる。 いきなり泣き出したリュミエールに仰天するオスカー。 「お、おい!!?」 「ひ、ひどいです……。せっかく……」 リュミエールが泣きながら手に持っているもの。それを見て、ようやくオスカーは合点が行った。 「リュ……」 「が、頑張って……すごくたくさん考えて……っ」 「な、泣くな……」 リュミエールは、ぼかぼかと両手でオスカーの肩口を殴る。 「色々、たくさん、頑張ったのに……う、う〜〜……っ」 「泣くな〜〜〜!!」 どうすればいいんだああぁ〜〜〜ッッ!? いきなりの出来事にオスカーが戸惑っていると、ガタガタと音をたてて何かが近付いてくる音がした。 馬車のようである。 「何をしている」 馬車が止まり、中から顔を覗かせたのは、ジュリアスであった。 「こんなところで騒々しいぞ」 「ジ、ジュリアス様……!」 執務を終えて帰路についたのであろうジュリアスは、道端でおたおたするオスカーと、そのオスカーに両肩を掴まれているリュミエールに目をむけた。 「も、申し訳ありません……ジュリアス様……」 小さな声で謝罪したリュミエールは、真赤になった目を隠すように、顔を半分両手で被っている。 「……」 ジュリアスは、オスカーに向き直った。 「守護聖ともあろうものが、このような往来で騒ぎ立てるものではない。自覚を持ち、自重するのだな、オスカー」 「は、はい……」 申し訳ありません、と頭を下げると、ジュリアスはそのまま引っ込み、再び馬車が動き出し、その場を走り去った。 「…………」 しかし。 何故自分だけが注意を受けなければならないのだ。 ジュリアスが明らかに「オスカーにのみ」叱咤の言葉を発した事を思い、オスカーは納得できない思いで首を傾げた。 そうか。 ……リュミエールのチョコで懐柔されてるんだ……。 オスカーはそこに思い至り、がっくりとうな垂れた。 「ジュリアス様〜……」 今まで、あの方の一番の信頼を一身に受けてきた俺なのに……あんまりだ……。 確かに『懐柔された』のは事実であった。 しかし、実際この騒ぎの原因を作っているのはオスカーである。 自業自得というものだ。 「こんなになって……もうさし上げられないではないですか……」 リュミエールの言葉にはっとする。 「な、何言ってるんだ。ちょっと欠けただけだろうが。もらうよ」 「そんなの、嫌です……!」 どうすりゃいいんだっ!! 嫌だ、とはっきりと言う時のリュミエールは、てこでも動かない。 しかし……。 「じゃあ、こうしよう。さっきの提案通り、プレゼントは、お前だ」 まだそんな事を、とリュミエールはオスカーをキッと睨み付ける。 「違うって。お前はこれから、俺の私邸に来るんだ。今日は傍にいてくれ。それだけでいい」 「……それだけ……ですか?」 濡れた瞳が、きょとんとなる。 「そんな事して……あなたは楽しいですか?」 首を傾げるリュミエールが、ようやく泣き止んだのにほっとしたオスカーは苦笑する。 「結構楽しい」 「……」 不思議そうな顔つきのリュミエールだったが、とりあえず納得したらしい様子。ゆっくりと小さくうなずいた。 「よし!もちろん、そのチョコももらうからな」 反論する暇を与えず、オスカーは再びリュミエールを抱きしめる。 リュミエールは、半ば諦めたように、ようやく、ほんの少し微笑んだ。 リュミエールの首には、まだ真赤なリボンは掛かったままである。 なんだかんだと言ってはみたが。 連れ込んでしまえばこっちのもの。 一晩かけて、じっくりコトコトとたらしこんでしまおうなどと不埒な事を考えながら、オスカーはひとり、にやにやと気味の悪い笑顔を全開にしていた。 END ☆つまんなーい。ただのあまあまだよ、これじゃ……(泣)。ごめんなさいいい。 |