ボクらのロングバケーション
ACT.2 温泉に行こう! サターンバレーは、スリークから割合近いところにある。 ネス達が、久しぶりながらも慣れた道をぶらぶらと歩いて行くと、深い谷間の集落は、すぐに目と鼻の先になった。 「ジェフは、サターンバレーには良く来るの?」 「最近はご無沙汰してるかな。父さんは良く来るみたいだよ。どせいさんとコミュニケーションを取るのは、何かしらプラスになってるみたいだ」 ジェフは笑いながら言うが、あのどせいさん達と頻繁にコミュニケーションを取って平気でいられるというアンドーナツ博士は凄いと、ネスは思う。 サターンバレーに一歩踏み込んだ途端、突然というか案の定というか、ネス達はどせいさん達に取り囲まれ、身動きが取れなくなってしまった。肌色で一頭身の物体に、押し合いへし合い大歓迎される。 「ねすじぇふれす。よくきたどせいさん!」 「ぽえーん」 「やどとまるか、ぷー」 「ジェ、ジェフ……」 引きつった顔を、ネスはジェフに向けるが、ジェフの方も愛想笑いを張りつかせるのが精一杯らしい。 「久しぶりだと、結構強烈だね……」 旅をしていた頃は、ネスもジェフも普通にこの谷に訪れていたのが、今となっては夢のようにも感じる。 どうにもこうにもできないまま暫くそうしていたが、一応は昔の(?)馴染み、少しずつそのノリに慣れてくる。順応とは、怖い物だ。 どせいさんの方も、ひとしきり歓迎が済むと、それぞれまた好き勝手な方向へと散り、好き勝手にうろうろしはじめた。 「どせいさん、預けておいた飛行機は?」 「あれ、ぷー」 ジェフが話し掛けると、どせいさんは一点を鼻で指した。 そこには、球体に3本足が生えたような飛行機らしき物が鎮座している。 「あれって……ジェフの趣味?」 球体なのはまだいい。しかしその頂点には、細いアンテナらしき物がにょっきりと生えていて、そのアンテナには真赤な蝶々結びのリボンが添えられ、入口らしき部分はぽっこりと円形に膨らみができている。きわめつけにはボディに黒で、小さな点とその上に横線がふたつずつ、入口の両脇にはそれぞれ二本ずつ、ひげのような物が描かれていた。 まるっきり、どせいさんの姿そのものである。 「どせいさん」 「かいぞうしたぽえーん」 どせいさんが、得意そうにどこにあるのかわからない胸を張る。 一方ジェフは、呆然としたまま力の抜けた両膝を地べたについていた。 「こうなる事を予測するべきだった……」 球体にするんじゃなかった、と涙を流す。が、球体にしなかったところで結果は同じだったろうと、ネスは思ったが口には出さなかった。 「そうだ! ジェフ、せっかくここまで来たんだから、温泉に行こうよ!」 なんとか気分を盛り立てようと、ネスが勢い良くジェフの肩を掴む。 サターンバレーには、こぢんまりとしつつも効能豊かで景色のいい露天風呂がある。ネス達も、旅の途中、特に戦闘の後には良く利用したものだ。 「温泉か……いいね」 やっとジェフも気を取り直して立ち上がった。 一晩サターンバレーで過ごして、明日になったら飛行機に乗ってウインターズへ向かおうと、話は決まる。 どせいさんの経営する宿は無料だ(それで経営している事になるのかどうかは謎だが)。そこにある程度の荷物を放りこんで、ネス達は温泉へと続く洞窟へと入って行った。 「ふろつかれ」 その場にいたどせいさんにも促され、ネスはうきうきと湯の中に飛び込んだ。 「はぁ〜、広いお風呂って、いいよなぁ〜」 何ともジジくさいため息をつくネスの後に、ジェフが続く。 「ネスといると、本当に夏休みって感じがするな。僕は学校に行ってないから、いまいち感覚がわからなかったけど」 「ウインターズの学校は?」 「夏休みはあまり意味がなかったな、そんなに暑くなかったし。冬の長い休みも、研究で学校に残る生徒がほとんどだった」 へぇ〜、と、ネスは目を見開いて感心する。 「みんな、頑張ってるんだね〜」 「研究オタクなだけだけどね……」 懐かしいと、思う。 けれど、今もまだ、あの場所に帰りたいかと自問すれば、ジェフは「わからない」という答えを出す以外になかった。 あの時を境に、色々な事が、色々な風に変わったと思う。滅多に会う事のなかった父親との今の暮らし。そして、言葉がなくても分かり合える大切な友達。 手に入れたものは多い。失ったものは、ほとんどない。あるとすれば、安穏と過ごしていた、あの学園生活くらいだ。 あの空間が教えてくれた事もたくさんあった。でも、あのままあそこに留まっていたとして、今の自分がありえただろうか? 自分はこれで、結構今の自分を気に入っているのだと、最近気付いた。そもそも、自分を好きになれるなどと、考えてみた事もなかった。特に劣等感を抱いていた訳ではないが、自分で自分を好きになるなど、ジェフの思考回路の範疇外だった。 失ったものがほとんどないのは、ネス達旅の仲間と、世界中の人たちの暖かい想いがあったからだ。もちろん、そこにはあの学園の中の人たちも含まれている。 これで良かった、と思う。自分の来た道は、間違っていないと。 ただ、ほんの少し、あの学園生活の事を考えると感傷的になってしまうだけだ。ほんの……少し。 サターンバレーの宿に宿泊するのは久しぶりだ。 旅をする事自体、まだ子供であるネス達にはあまりない。 「ジェフ、そっちに行っていい?」 隣のベッドで枕を抱えて、ネスはにこにことジェフを見る。 「いいよ?」 仰向けになっていたジェフが視線だけ向けて言うと、ネスは嬉しそうにいそいそと移動してきた。ジェフの隣にごそごそと入りこむと、うつ伏せになってまた枕を抱える。 「何かさ……思い出しちゃったよ」 ネスが小さな声で言う。 「何を?」 「ここ。サターンバレーが、ボクらの旅の最後の地だったなって」 そうだった。 世界中を旅した後、ネス達はここへと戻り、一度その身体をも捨て、敵であるギーグのいる異空間へと向かったのだ。 正直、帰ってこられる自信はあまりなかった。その心の器を無機物へと変え、生身の身体を離れて旅立ったあの時。ネスだけではない、あの時、四人全員が、他の仲間がいなければすぐに挫けていただろう。ギーグにたどり着く事もなく。 「戻ってきたんだと実感したのは、ずいぶん後の事だったよ」 うん、とジェフも頷く。 再びこの地に戻ってきた後。世界を救ったのだと周囲に言われても、どこかピンと来なかった。あの時、自分達はあまりにも一生懸命すぎて。 ただ、愛する人々と、母なるこの星を守りたいと――。 世界を守り通そうとしていた自分達を、その世界にいる全ての人が、守り、導いてくれた。 だから、帰ってくる事が出来たのだ。 「ボクさ、今になって、時々凄く怖かった事を思い出すんだよ。最後の闘いの事とか……。楽しかったけど、ギーグとの闘いだけは、それまでのどんな闘いとも違ってたから」 ジェフは、隣のネスに視線を向けた。 「それは多分、ネスが今とてもこの世界を愛して、ここにいる自分を大切に思っているからだよ」 もしもこの世界を失っていたら、ここに帰ってこられなかったら。 過ぎ去った過去に、もしもはありえない。けれど、今いるこの世界が大好きだから、あまりにも幸せだから、そんな事も考えてしまうのだ。 「大丈夫、すぐだよ」 ジェフはそっと笑う。 すぐに、そんな『もしも』の喪失感は消えて、もっと先の事を考えられるようになる。まだちょっと、心の隅に引っかかってしまっているだけだ。思い出にするには、まだ時間が足りていない。 それでも確実に、現実の時間の中で、この平和が実感に変わって行っているのだから。 「でも、忘れたくないって思う事もあるよ。ギーグの存在、それで破滅に向かおうとしていたこの星の事実は忘れちゃいけないって思う」 ネスらしくもないがもっともな言葉に、ジェフも頷く。 「ネスや、沢山の仲間に出逢えた事もね」 「うん。それが、最高の出来事だよ」 運命に導かれた仲間だと、ポーラは言った。 運命とは何だろう。 最初から与えられている未来? それとも、自分達で決めて行くもの? どちらでもいい。 たとえそれが決められたレールに沿ったものだったとしても、巡り会えた仲間の事が大好きだ。それが運命なら、その運命そのものに、本当に感謝したい。 ネスもジェフも、口には出さなかったがまったく同じ想いをそれぞれの胸に刻み込んでいた。 翌日は快晴。 いよいよジェフの飛行機に乗って、ウインターズへと向かうのだ。 もっとも飛行機という名のそれは、見た目はまるっきり謎の未確認飛行物体だったが……。 「行ってきまーす!」 元気のいいネスの掛け声に、サターンバレーのどせいさん達が、これまた元気一杯に身体を振って送り出してくれた。 「またくるぷー!」 「ういんたーずばんざい!」 ネスが勢い良く座席に飛びつき。 ジェフが操作パネルを叩きはじめる。 ――楽しい旅は、これからだ! |