| 止まり木 ●作品オーナー 炎上幻 様● |
バーンと、扉を開く音が部屋中に響き渡る。 クラレンスの来訪は、いつも突然だ。 「ご機嫌いかがー? マスター」 クラレンスがいつも楽しみにしているのは、こんな時の彼のげんなりとした顔。実に困らせ甲斐があると言うか、からかい甲斐があると言うか。 「連絡くらいよこせよなぁ……」 ピノッチアだった頃のクラレンスの評価のおかげで仕事の依頼もボチボチ増えてきた(とクラレンスは自負している)彼は、人形作りの真っ最中だったらしい。 「何言ってんの。マスターはいつも、僕という存在を念頭に置きながら生活していなきゃいけないんだよ。僕が来たくらいで驚いてちゃだめだね」 ふう、と呆れ笑いで肩をすくめるクラレンスは、当然の余裕で左右に首を振る。 「それより」 クラレンスはツカツカと部屋の中を真一文字に横切ると、ひょいとマスターの手を取った。 「せっかく僕が来たんだから、人形作りなんてやめやめ。ちゃんと僕の方を見てよ」 「お前なあ……」 クラレンスは、独占欲というものを少しも隠そうとしない。以前からそういうフシはあったが、人間になった今もそれは変わらず健在だ。 「それで? お前は今、何をやっているんだ?」 その言葉に、クラレンスは気味の悪いアヤシイ微笑みをその顔に張り付かせる。効果音は、もちろん「ニヤリ」だ。 「良くぞ訊いてくれました〜。僕は今、月基地に設置するパラボラアンテナを作るために奔走しているのさぁ。もっとも、その前に月基地を作るために、月に行けるロケットを用意する必要があるんだけどね」 つまり、ぜんっぜんその段階まで至っていないという事ではないか。というか、どうやってロケットを作ろうというのか。まったくクラレンスらしい。 「そんな物を作ってどうするんだ?」 「決まってるじゃないか。宇宙からの交信を、もらさずキャッチするためだよ。そして、恐怖の大王の謎を解明するんだ!!」 クラレンスの視線が、あっという間にはるか彼方の上空に飛んで行ってしまう。しかし、微笑むその顔は、それでも恐ろしいくらいにマジだ。 「あの実験体、白くて冷たいふわふわしたものをすべて僕の許に集めて、その後は……フフフ……」 クラレンスは、未だに「白くて冷たい」雪の事を、恐怖の大王の一部だと思い込んでいるらしい。何度説明しようとしても、まったく聞き入れない。 いくら小さい頃にテレビを見せすぎたといっても、この思い込みはどこから来るのか……。宇宙の神秘より、クラレンスの神秘の方がよほど解明のし甲斐があるように思う。 「月基地が出来たら、ちゃんとマスターも招待してあげるから安心しててよ」 ヘラッと笑うクラレンスにハイハイと相槌を打つマスターを尻目に、クラレンスはルンルンと機嫌良く厨房に向かう。 「マァースタ―――ァぁあ――ッ!!!」 直後の、奇怪な叫び声。 「なんだよぉ……」 「僕の、僕専用のカップ、どこにやったのさぁーッ!」 「カップぅ?」 人間になってからすぐ、喜び勇んでクラレンスが購入した、モアイ型のお気に入りだ。ふらりと家を出ていってしまった後も、たまに遊びに来た時は必ずそれを使っている。 「それなら棚じゃなくて、洗い場の方にあるよ。たまには付け置きでもしようと思って」 「もう、ちょうどいいタイミングで紛らわしい事しないでよね」 ざぶざぶとそれをすすいだ後、ほっとしたようにそれを持って戻ってくるクラレンス。 「絶対に、壊したり捨てたりしちゃだめだからね。これは僕が、ここで使うものなんだから。他の人に使わせたりなんて、もってのほかだからね!」 ポットに入りっぱなしになっているお茶の残りをジョボジョボと注ぎながら、クラレンスは念を押す。都合のいい時に気まぐれでふらりとやって来る割には、自分の居場所が削除されるのは許せないらしい。 「あのさぁ……」 「何? マスター」 「お前、ここで暮らす気はないのか?」 それほどに自分の存在を主張するのだから、いっそ今まで通りここで暮らせばいいのだ。 「それはだーめ」 今、初めて出した提案ではない。しかし、この事を何度口にしてもクラレンスは首を縦には振らない。 「たまにやるから、嫌がらせが楽しいんじゃないか」 いけしゃあしゃあと言い放つクラレンス。ついこの間も、UFOが部屋中を飛び回るびっくり箱を送り付けたばかりだ。 マスターが言わんとする事がわからない訳ではない。 きっと、彼は寂しがっている筈だ。独りでいると食事をするのも忘れてしまいがちな、世話の焼ける人でもあるし。 けれど。 「さて、と」 お茶を飲み干し、勢い良く立ち上がるクラレンス。 「また来るよ」 「もうか? 今来たばかりじゃないか」 「ちょっと寄ってみただけだよ。また面白いものを開発したらゆっくり遊びに来るよ〜ん。月星人(クラレンス命名)を捕まえたら、マスターにも分けてあげるからね!」 そんなものいらない……と呟く彼に冗談まじりの投げキッスを贈ると、クラレンスは来た時と同じように颯爽と外へと飛び出した。 懐かしい家を後にして独りになったクラレンスは、乗ってきたアヤシイ乗り物の横をすり抜け、街並みを眺めながらゆっくりと歩きはじめた。 彼にしては珍しい行動。 少し、考えたい事もあった。 マスターが僕と暮らしたがっている事くらい、お見通しなんだよ。 これでも一年間、あなたと暮らしていたんだからね。 だけど、僕には僕の、壮大な野望がある。 宇宙の真理と、この世の全ての謎を掌握する事。 僕のその野望を達成させるためにはね。はっきり言って、あなたの存在は邪魔なんだ。 あなたの近くにいたら、きっと僕は他のすべてがどうでも良くなってしまう。 あなたと共にいる幸せの中で、それに浸りきって生きて行く自分なんて想像もしたくないのに、きっと僕は、そうなってしまう。 全ての目的を達成するまで、僕は僕に、それを許さない。 どうしても、僕はこの世の全てを解明したいんだよ。 目に見えるものも、見えないものも。 僕の中の中心から溢れ返る、得体の知れない感覚と微かな痛みが、一体何であるのかも。 だからあなたは、僕の止まり木であればいい。 羽を休める場所が無ければ、鳥が飛び続ける事が出来ないように。 長い旅の途中に、僕はあなたのところに。 けれどいつか、ひとりでは歩き続けられない時が来るのだろう。 たとえ目的を果たそうが果たせなかろうが関係なく、僕が『人』であるかぎり。 その時に、あなたのいるその場所は。 止まり木ではなく、僕の帰る『家』になる。 いつか来るその日まで、僕の事を忘れたりさせないからね。 もっとも、そんな心配はあまりしていないけれど。 クラレンスは、空を見上げた視界を横切るように羽ばたく鳥を見つめると、あまりにも遠い未来の事を考えるのを中断した。 とりあえず今は、月基地を作る準備をしなければならないし。 先の事は、先になってから考えればいい。 「月基地が完成した暁には、マスターの家を中継地点にして、通信用の設備もゴージャズに作ってあげるからね……フッフッフ……愛してるよ、マスター♪」 はた迷惑な愛の言葉を呟いたクラレンスは、青い空に浮かぶ昼間の月を見つめながら、愛くるしくにや〜りと微笑んだ。 END ☆愛くるしくにや〜り……って、どんなやねん。ま、わりとありがちな話なんですけど(笑)。私なりに、クラレンスの「愛」を検証してみたらこうなりましたー。思ったより短編でまとまってしまったけど、まあ、あまりまどろっこしいのもクラレンスっぽくないような気がするし(笑)。 |