UP20030724

愛は勝つ ―― 1





 我ながら、ひどい話だとは思うけれど。




 はじめにリョーマが手塚に興味を抱いたのは、その鉄面皮の内側に対して、だった。

 無表情だから。
 何を考えているのか、わからないから。
 そういう人間の内側を暴きたくなるのは、なんというか当然なんじゃないだろうか。
 当たり前の好奇心。ただの興味本位。
 ほんの少し、復讐心なんてものもあったかもしれない。
 一体何に対する復讐だ、といった感もあるが、いつも本性を見せない無表情は、見ている方は案外に気分がよろしくない。自分こそどうなんだと問われそうなところだが、そんな事は関係ない。いやむしろ、自分と似たところがあるからこそ感じる嫌悪感か。
 そんな彼の涼しげな顔に、いつも負かされているような気分になるのは相当に不本意だ。いつまでも勝てそうにないような錯覚に陥ってしまうのも腹が立つ。自分が余裕の笑顔を作っていられるのも、今のうちだけなんじゃないかという気もしてくるから始末におえない。
 手塚本人にそんな気があろうがなかろうが。
 だからそんな彼の人間くさいところを掘り当てて、ちょいちょいとつついてみせたりなんかして、ほんの少しでもうろたえるその姿を見ることができたら、一矢報いたような気分になれるような気がする。
 なんて。
 色々な言い訳を、自分の中だけに作ってみても始まらない。
 要は、娯楽だ。

 勝手だと言いたければ言えばいい。

 あんな奇妙な存在がそこにあるなら、それをいじってみたくなるのは仕方がない。
 自然な成り行きだ。
 誰だってそうだ。

 ……なんで誰も、そう思わないんだ?




「そう、思わなくはないんだけどね」
 気持ちはわかるような気がするけど、と不二は言う。
「好奇心もなかったわけじゃないけど、それを行動にする前に、僕らは慣れてしまったからね。逆にキミと同学年の子達なんかは、手塚の事を天上の人、くらいに思っているだろうし」
 手塚の事を暴きたいなんて考えるのはキミくらいだよ、と言って笑う不二を、リョーマは憮然と睨みつけた。
「日和ってるだけじゃないっスか?」
「そうかな? まあいいじゃない。僕らはああいう手塚と普通に付き合えるもの。キミはとても、彼の事を気にしているようだけど」
「別に……」
 気になんかしている訳じゃない、と視線だけで訴えるリョーマに、不二はまた笑ってみせた。
「似たもの同士だからなんだろうね」
 似たもの同士。
 不本意な言葉に、リョーマはまた顔をしかめる。
 いや、わかってはいる。
 似たもの同士だからこそ、気にもなるし、嫌悪を抱いたりもするのだ。
「つついてみるのも、面白いかもしれないね」
 にこやかな不二の言葉に、リョーマはギョッとした。
 思っている事を、まるっきり言い当てられた。
「つつく?」
「そう。せっかく手塚に興味を持ったならね。キミなりに手塚に予想外のアプローチをかけてみるのもいいんじゃないかって」
 それでいつもと違う手塚が見られたら楽しいだろうと、そんな目論見が不二にはあるらしい。しかしリョーマは肩をすくめた。
「オレがどんなアプローチしたって、部長に軽くあしらわれて終わりかもしれないっスよ」
 それだけならまだしも、その後ほぼ確実にグラウンド周回のお仕置きが発生するような気がする。ちょっとからかったくらいでそれでは、あまりに不本意この上ない。そして、その可能性は本気で高い。
「いや、キミならもしかしたら……と、思うんだけどね。手塚はキミに、一目置いているようだし」
 そうだろうか?
 まあ、テニスの腕に関しては、少なくとも同学年の他の者よりは評価されているという自信はあるが、それとこれとは無関係のような気がしないでもないし。
「男テニはお祭り好きだからね。楽しいイベントは大歓迎だよ」
 勝手にイベントにされても。
 というか、手塚に少々ちょっかいをかける事が、既にお祭りとなってしまうのか。一体どういう部活と部長だ。
「もっとも、手塚はあれで結構ぶっ壊れやすいところもあるみたいだから、気をつけた方がいいかもしれないけど」
「ぶっ壊れやすい?」
「彼も一応人間だからね。不用意に近付くと、返り討ちに遭うかも」
 返り討ちに遭うとは、言い得て妙か。すぐ怒るし罰はきついし、実は案外感情的になりやすいのかもしれない。そういえば、えらく負けず嫌いなところがあるし。
「ふふ、でもまあ、期待しているよ。越前」
「……」
 何を期待するというのか。
 リョーマと同じくただの好奇心なのかもしれないが、不二がこんな風にリョーマの後押しをするというのは、どうも何か妙なたくらみでもあるのではないかと深読みもしてしまう。

 まあ、いい。
 誰に何を言われようが、あまり関係ない。
 リョーマは単に、自分の中の好奇心を満たしたいだけだ。




 それでその後どうしたいかなんて――考えてもいなかった。




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